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Birth Story

誕生物語

1995年1月17日、6000人以上の死者を出した阪神淡路大震災が発生。 この震災発生と同じ年に誕生した大阪のとあるお花屋さんのお話です。
当時そのお店を仕切っていた森さんは尼崎に住んでいました。
震災発生時、寝ていた横にあったタンスの引き出しが突然飛び出し、その角が頭に当たって目が覚めたそうです。
多くの取引先がある神戸の街は悲惨な状況。当時の報道で流れた通りの光景を森さんは目(ま)の当たりにします。
街はがれきの山、至る所で火災が発生、がれきに埋もれている人を助けてほしいと大声で叫ぶおばあちゃん・・・
学校や公園には被災者で溢れかえっていました。
お花よりも食糧や生活必需品が必要な状況ですから、森さんは起業したばかりにも関わらず仕事どころではない 窮地に追い込まれます。
この状況で森さんは、取引先や避難所に自転車で行き、被災者の方に必要なものが何かと聞いて回りました。
そして、被災者の方が求める物資を大阪で手に入れ、定期的に被災者の元までリアカーを引いて届けたのです。
初めは炊き出しで手に入らない食料品の要望が多かったのですが、後にウエットティッシュやポリ袋、紙コップ、
サランラップ、紙おむつや生理用品などの生活用品が喜ばれたそうです。

一方、本業のお花屋さんは、市場では震災から半年経っても大口の買い手がつかず、苦しい状況でした。
お花は取引されるも、大半が行き場を失う状況。買い手の付かないお花を一体どうすればいいのか・・・
その時森さんが思いついたのは、どうせ売れないお花であれば、被災者の方に少しでも癒しになればと、 そのお花を食料や生活物資と一緒に無償で被災者に配ったのです。
時が経つにつれて、癒しを求める被災者もあってかお花の定期配達はとても喜ばれたそうです。

私は10年以上も前に、この森さんの起業時の話を大阪・梅田の古びた居酒屋で聞きました。
涙が止まらずに聞いたのを今でも覚えています。
お花には人をこんなにも勇気付け、人からこれほどまでに喜ばれ、感謝の気持ちを言われるものなのだと。
この森さんから聞いた話が頭から離れず、私はいつしか名古屋でお花の販売を始めることになるのです・・・